大判例

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名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)3号 判決

名古屋市千種区南明町一丁目一一番地

原告

安阿弥清三

名古屋市千種区振甫町三丁目三二番地

被告

名古屋千種税務署長

右指定代理人

井原光雄

石田柾夫

服部勝彦

西村金義

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実と理由

原告は被告が原告に対しての更正決定により賦課した譲渡所得額金二八、四二九、八四〇円のうち金一三、九二六、一六三円は原告の名古屋市千種区猪高町大字高針土地区画整理組合保留地Aブロツク仮(イ)五〇〇坪の買換によりこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として

一、原告は昭和三九年四月二三日頃その所有にかかる名古屋市中区七間町五丁目一三番宅地三、三三五平方メートルを売却して金一億六九二万円の収入をえた。

二、原告は右譲渡代金のうち金三、〇〇〇万円を昭和三九年五月二六日公正証書により加茂免自動車株式会社に対し同社所有の名古屋市千種区猪高町高針(土地区画整理組合保留地につき保留地ブロツク番号A仮地番)仮(イ)土地五〇〇坪に抵当権を設定して貸与した。

三、右債務者は昭和四〇年三月頃有限会社鈴木商店から、原告の抵当権に重ねて譲渡担保の方法により三回に亘り計金一、四五〇万円を借受けた。

四、因に右担保不動産は高針土地区画整理組合の整理中の保留地であつたため抵当権の設定登記ができず単に公正証書のみを作つておいたところ、有限会社鈴木商店は譲渡担保の方法により組合に対抗手続を行つた結果原告の抵当権設定契約は実質上無効に帰することになつた。

五、そこで原告は加茂免自動車株式会社の有限会社鈴木商店に対する債務を代位弁済して原告の抵当権を有効にしなければならなくなり種々接衝の末金九〇〇万円位の弁済で鈴木商店の担保を解放させる見込が立つに至つた。

六、よつて原告は昭和四〇年一一月三〇日加茂免自動車株式会社から前記担保物件を代金金三、〇〇〇万円で買受け、代金の支払は前記貸金債権をもつて相殺して決済した。

七、原告は右買受土地を加茂免自動車株式会社に賃貸することになつたが当時同会社は内整理に準ずる状態であり、又色々の内紛があつて賃料の協議が纒らないまま延引していたが翌昭和四一年九月頃賃料を一ケ月金一〇万円と定めて賃貸することになつた。

八、原告は前記一の売買代金中金三、〇〇〇万円については租税特別措置法第三八条の六の規定により事業用資産の買換に該当するものとして署員の指導により納税上の申告をしなかつた。

九、ところが当時の管轄庁たる東税務署長は原告に対し譲渡所得額金六一、一六三、五一〇円とする更正決定をなし、その頃これを原告に通知した。この中に本件の金一三、九二六、一六三円の譲渡所得が含まれている。

一〇、原告は右決定に不服であつたから昭和四一年一〇月二七日東税務署長に異議の申立をしたが昭和四二年一月二六日棄却せられたので同年二月二二日名古屋国税局長に対し審査請求をした。これにつき昭和四三年八月一六日裁決書が送付されたが、これによると前記八の金三、〇〇〇万円に対する原告の主張は認められなかつた。

一一、ここにおいて原告はそのとき当然訴訟を提起して右の不当な裁決に対し更正決定の異議を主張すべきところ、原告は昭和四三年九月三日同日付請願書を提出して裁決書の不当を責め、且国税局と種々接衝した結果一応裁決書を返還し、後日前記鈴木商店の担保問題を解決して原告の買換不動産につきその取得を明白にすれば原告の主張を認めてさきの裁決を更正するということで話合が成立したので提訴しなかつた。従つて右裁決書は一旦原告に送達されたもののこれを返還して送達のなかつたことにしたものであり、この返還した送達書は現在も国税局に保管されている。

一二、しかるに前記鈴木商店の担保問題は裁判所において年余にわたり和解が試みられたが鈴木商店は示談金として金三千数百万円の多額の元利金の支払を要求するので和解は不調に終り、更に訴訟を継続することになつた。

一三、ここにおいて原告は国税局との約束による鈴木商店との解決ができなくなつたのでここに改めて本訴により東税務署長の更正決定に対する異議を主張することにしたものである。

一四、東税務署長の更正決定が違法不当である理由は次の通りである。

1. 東税務署長は前記組合の保留地の取得事由を代物弁済と認めているが、そうであるか否かが問題になる。

2. 又名古屋国税局長の右裁決書によると右保留地については加茂免自動車株式会社と有限会社鈴木商店間に土地明渡の訴訟事件が係属中であり、また原告と加茂免自動車株式会社間の右売買契約書第一〇条により検討するも当該物件を取得したものとは認められないとあり原告の事業用買換資産が認められなかつた。

3. まず右代物弁済について考えると、租税特別措置法第三八条の六によると「個人が昭和三八年一月一日から昭和四四年一二月三一日までの間にその有する資産で次に掲げるもののうち事業の用に供しているものの譲渡をした場合において当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに第一号から第三号まで、第五号若しくは第六号に掲げる資産又は機械及び装置の取得をし、且当該取得の日から一年以内に右資産を所得税法の施行地にある当該個人の事業の用に供したとき当該譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価格以下である場合にあつては当該譲渡にかかる資産の譲渡がなかつたものとなし」とあり、これが所謂買換による譲渡所得の免税である。

4. 法の所謂「贈与及交換による取得、その他政令で定める取得を除く」とあるその政令第二五条の六によると「政令で定める取得は代物弁済」として一個のみが記載されている。これでは何も政令に譲らなくても法が直接贈与及び交換、代物弁済による取得を除くとすべきである。

5. そして代物弁済による取得とのみあつて代物弁済の基礎になる債務については何の規定もない。凡そ租税特別措置法は一定の資産の買換について政策上これを容易にするために定めたものであると思われるが、法第三八条の六を文章上みる譲渡と取得の関連が必しも明確になつていないが、思うに売つた代金で買つたということが所謂買換の本質で、これは本法の解釈上重要である。従つて売却代金又は実質上その売却代金によつて取得したと認められない資産についてはこれを除外したものでその明らかな例として贈与を挙げた。これは譲渡代金が使われていないからであり、又交換についても売買代金の支出を必要としない他の資産との交換と認められるのでこれも除外したものである。果して然らば政令で定めた代物弁済についても売却代金と関係のない他の貸金債権の代物弁済と実質上譲渡代金が本件の如く買入資金に充当された場合とこれを混同することは許されないのである。当該取得資産の売主に一旦貸与しておいてその後その担保不動産を売買してその代金の支払についてさきに貸与した債権と相殺してもそれは本条に所謂代物弁済ではない。それは単なる代金決済の方法が一見代物弁済のようにみえるに過ぎない。その実質は単なる売買と少しも異らないのであり、敢てこれを代物弁済なりとして租税特別措置法から除外することは法の施行の解釈を誤つたものである。

6. 次に国税局の裁決にいうところの原告は本件資産を取得したものとは認められない。との点についての原告の主張を明らかにすると、まず事実として原告は前記の如く右土地を担保として金三、〇〇〇万円を貸与し、その後有限会社鈴木商店(金融会社)は右土地を譲渡担保に金員を貸与した。原告は右の担保権の設定された土地を買受けた。但しこの土地には鈴木商店の担保があるというに過ぎない。尤もこの債務は原則として加茂免自動車株式会社において弁済すべきものであることはいうまでもない。これを契約書の第一〇条によると、当時の実情に従い有限会社鈴木商店と加茂免自動車株式会社間に権利の帰属に争があると記載してあるが、これはどこまでも担保であるから債務の弁済が問題であつて所有権は問題ではない。従つて債務の弁済をすれば解決できるものであることを前提として契約された文書である。現に原告が昭和四一年八月頃鈴木商店方へ赴き交渉したところ金二、一〇〇万円を弁済せよといつていた程である。従つて右鈴木商店の担保の存在は原告が加茂免自動車株式会社から右土地を買受けてその所有権を取得することに何の差支えもなかつたものであり、ただ担保権の解除の問題があつたのみである。

と述べた。

被告は本案前の申立として、本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、理由として、本件訴は出訴期間を徒過してなされたもので却下を免れない。すなわち国税に関する法律に基づく処分の取消を求める訴は原則として不服申立の前置を要し、かつ審査請求の裁決のあつたことを知つた日から三ケ月以内に提起しなければならないところ(行政事件訴訟法第一四条)、原告は昭和四三年八月三〇日頃審査裁決書の送達を受けたのにもかかわらず三箇月以内(昭和四三年一一月三〇日まで)に訴を提起せず、出訴期間を遵守しなかつたことは明らかであるから本件課税処分の取消を求める訴は不適法である。と述べた。

案ずると被告の本案前の申立の理由たる所説はこれを容易に首肯しうべく、原告が本件審査請求に対する裁決があつたことを知つた日が昭和四三年八月一六日であることは原告の自認するところであり、原告がその後三箇月を経過した後である昭和四六年一月二五日本訴を提起したことは記録上顕著であり、本件訴は三箇月の出訴期間を徒過してなされた不適法なものであることが明らかであるのでこれを却下し、民事訴訟法第八九条により主文のように判決する。

(判事 小沢三朗)

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